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リアリズム




 俺が大学を卒業して間もなく、柳生が部屋に転がり込んできた。それまでも半分同棲のような暮らしだったから、実質的にはあまり変化はないと思ったのだが、まさか通っていた大学まで辞めてくるとは思わなかったので、俺は少々びっくりした。

「おまえ、医者になるのと違ったん」
「やめました。仁王くんと一緒にいられる時間がなくなっちゃうから」
「はあ? そんな理由?」
「そうですよ。僕にとっては最優先事項が仁王くんなんだって、ようやくわかったんです。ね、僕らって、空と海みたいだと思いませんか? とてもよく似ていて、いつも向かい合って相手を見つめてるんです。空が青ければ海も青いし、空が曇れば海も灰色。お互いが相手を映す鏡みたい。ね、素敵じゃないですか。離れてるべきじゃないんですよ。でもそのおかげで僕は勘当ですけど。ま、しょうがないです」

 合い鍵で勝手に上がり込んだ俺の部屋で、近所のコンビニで買ってきたらしい缶ビールをあおりながら、柳生はひょうひょうと、すらすらと言ってのける。開け放した窓から流れ込む風に前髪が揺れて、柳生だけが涼しそうに見えた。

「仁王くんは今までどおりにバイト…あ、正式に就職したんでしたっけ? そこで働いてください。僕はしばらく、作家業で小遣い稼ぎしますから。ただで置いてもらうわけにもいかないでしょう?」
「まあ、俺の稼ぎで二人は食えんから、働いてもらうにこしたことはないんじゃけど。作家業ておまえ、あの作家業?」
「はい。仁王くんは最近さっぱりみたいですけど、僕はずっと定期的に出してますから」

 作家業といえば聞こえはいいが、こいつが書いているものは、いわゆるオリジナルBL小説だ。女のペンネームを使って、ダウンロード販売のサイトを使って作品を売っている。もう二年にもなるだろうか。そこそこファンもついており、「出せば売れる」ぐらいの評価は得ているらしい。恐れ入る。
 なにしろ俺たちにとっては、BLは日常であるから、柳生がそれをネタにして作品を書き上げるのなんぞ、ちょろいものだろう。ただ、俺は柳生の書いたものを読んだことはない。なんだか、自分達のことを白日のもとにさらしているみたいな気がして、どうにも読む気が起きないのだ。
 柳生は自分の書いたものに対する俺の感想を欲しがったが、「や、なんか、照れるし」とか適当なことを言って、けっきょく今までほとんど目にしたことはない。
 柳生ほど多作ではないが、少し前までは俺も同じように女の名前を使ってBL小説を書いていた。しかし俺にはほとんど文才がないのと、書いているうちに飽きてしまうのが読者にも伝わるのか、ダウンロードサイトでの売れ行きは柳生にとても追いつかなかったし、評価も段違いだった。それで最近はとんとごぶさたしているのだが、柳生のほうは違ったらしい。むしろそれで今後も食いつなごうとしているわけで、俺はその、よく言えば思考回路の柔軟なところというか、悪く言えばすげえ短絡的でビジョンのない感じに、あれ柳生ってこんな奴だったっけ、と少し遠くを見つめる気分になった。意外と俺たち、似てないかもよ、柳生。

 とにかく、来てしまったものは追い返すわけにもいかない。勘当されてきたということは、帰る家もないのだ。もともと恋人どうしなのだから無理して帰す理由もなく、柳生はそのまま俺の部屋に住み着いた。毎日一緒にメシを食い、毎晩のようにセックスをして、一緒に眠り、朝は同じベッドからもそもそと起き出す。
 俺が仕事に出たあと柳生は家で原稿を書き、適当に買い物をしたり、掃除をしたりして過ごす。半同棲と同棲じゃあ、やっぱり違った。籍を入れていないだけで、もう俺たちは結婚しているようなものだった。このままのんびりと幸せな日々が続いていくんだなあ、と、そのときは思っていた。そのときは。

 三カ月ほどたった頃、朝ご飯の途中で、柳生がぼそりとつぶやいた。

「さいきん、マンネリです」
「え」
「仁王くんとのセックス。そう思いませんか」
「そ、そ、そう? そりゃ悪かった、な…?」

 味噌汁を口にしていたら全部噴き出すところだった。
 焼いた鮭をつつきながら、向かいに座っている柳生は至極まじめな顔で続ける。

「一緒に住む前は、次にいつセックスできるかわからなかったから、なんというか、がっついてましたけど、今は毎日できるじゃないですか。すこし、刺激的なことをしないと、売れる本を書く自信がなくなってきました」
「本、ておまえ、俺たちそのためにセックスしてるわけじゃ…」
「もちろん仁王くんのことが好きだからですよ? そうに決まってるじゃないですか! でも、」
「でも?」
「いつも新鮮な気持ちでいるためには、新しいなにか、は、やっぱり、必要じゃないでしょうか」
「あ、う、うん、そう…かもね…」

 気弱な返事を返す俺を見て、柳生はなぜか、ぱあっと明るい顔になって、箸を置き、ぽんと手のひらを打った。

「いいことを思いつきました」
「な、なに…?」

 おそるおそる、上目遣いに柳生の顔を見上げる。

「言ってしまうとつまらなくなるので、内緒です」
「…はあ、そうですか」

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